折乃笠公徳です 活動内容 New SNS Old Blog Free Room Message
 

 自己紹介

1957年11月生まれ 東京葛飾立石出身
山梨大月在住 
【身体的特徴】
  身長 180cm (座高でかせいでいる)
  体重 72kg  (脇腹のお肉でかせいでいる)
  視力 0.015 (裸眼だとめがねが探せない)
【性格】
  血液B型、下町気質、さそり座
【巷の評価】
  見た目 50代に見える
  体力  40代と思われる
  やる気 30代である
  情熱  20代だろう
  お酒  10代で幼稚

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◆少年時代
私、生まれも育ちも葛飾柴又の近くの立石です。家は小さな木造平屋のプレス金型製作 の工場で、前に大きなどぶ川が流れていました。 近所付き合いが盛んな長屋生活。漫画の『三丁目の夕日』そのものでした。
住み込みの職人さんと一緒に暮らしていたこともあって、ご飯をもぞもぞ食べていると 母に「いつまで食べているんだい!あまり口の中でかんでいると、口の中でうんKOになっ ちゃうよ!」と怒られたり……。
今思うには、両親には厳しく、楽しく、おおらかに育てられたという感じです。尊敬し ていますし、感謝しております。
20歳まで葛飾の両親の下におりました。そのあと、新潟長岡の大学3年生に編入して葛 飾を離れました。

◆青春時代
20歳から24歳まで新潟の長岡技術科学大学にいました。本大学は全国各県に一校ずつあ る高専(東京は3校、北海道も3校)卒業生主体の国立大学です。私は一期生になります。
初めて長岡駅に降り立った時の第一印象は、美人が多いなあでした。勉学に対する強い 希望よりも、別の意味の希望が湧いた次第であります。
越後長岡の4年間は友人との交流、スキー、旅行、お酒、アルバイト、その他でたいへ ん充実した学生生活でした。
勉強は? 私、都立航空高専出身ってこともあって、落ちそうで落ちない低空飛行を実 施。ギリギリで卒業できました。ただし、最後の1年間は寝ないで大学院修士論文を書き ました。
一番よかったことは大学の卒業式で1回、大学院の卒業式で1回と計2回、葛飾の父を招 待できたことです。学歴の無い父への唯一の親孝行でした。

◆会社時代
1982年(昭和57年)大型商用車メーカーに入社し、それ以来エンジニア として全力で突っ走ってきました。設計部長、技術管理部長やダカールラリー戦闘車のチ ーフエンジニア(開発責任者)を歴任しました。開発の仕事というものは、途中の道で、 多くの難所、行き止まり、登りきれない坂があります。何度も立ち往生しながらも、何と か歯を食いしばって乗り越えてきました。
そして2019年(令和元年)12月31日大型商用車メーカーを退職しました。
理由は? 夢のために(本出版、紀行エッセイ作成、小説作成、禅、スポーツジム、他)
何故今? 自分に時間は無限にあるわけではなく、まさしく今が※黄金時代である
※黄金時代:60歳〜75歳 今までの知識、経験が十分蓄積され、体力、気力が伴う時期

◆黄金時代(今)
・超充実活動中(ホームページをお読みください)
          
2022年6月8日 本頁更新